BOSSの独り言★バックナンバーVol.1

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2001年10月22日 住宅のあかり

相変わらず、建て売りや、マンション等の照明計画はお粗末な状態ですね。
購入者の意識の問題も有るけれど、住宅設計の中でのあかりにかける時間がいかに少なく、時には、照明器具は値引きやサービスの手段程度にしか扱われていない 事もとても残念です。付いていれば、明るければそんな扱いをしていてはいつまでたっても、快適なあかり環境は手に入れることは出来ません。
間取りや、内装仕上げのオプションが有るように、もっと個々の生活体系に合わせたあかりの設計は是非工務店やハウスメーカーが積極的に取り組むべきと考えます。
画一的な建て売り住宅でも、あかりの計画をすることにより自分だけの特別な空間を提供できます。ユーザーはその情報を得るチャンスもない状況だと思います。
照明の設計に費用をかける余裕がないからかもしれません、でもカーテンや家具を購入するすること以上にあかりの環境を計画することは自分たちの生活環境にあたえる影響は大きい事なのです。
高価な家具をそろえる以上に空間の演出には重要な要素で有ることに気がつけば、ただのビニールクロスを貼ったお部屋でも、自分だけの素晴らしい空間にすることがで来ます。
あかりに関する要望の難しい点は、照明計画は、建築工事の早い段階で打ち合わせをしなくてはいけないため、ユーザーが要望を考えたとしても器具の取付位置や配線計画は終了しているため、決められた場所に気に入った器具を付けるぐらいしか選択肢が残っていないからです。
シーリングが全てでなくブラケットやダウンライトや間接照明が欲しくても、工事をやり直さなくては手に入れられない 状況が現実です。
施工サイドでも工事の途中で施主の意思を吸い取る手間や時間を考えると、作るだけ作ってから器具だけお好みでお選び下さいの方が 効率良く施工できる事も良く理解できます。
しかし、供給サイドとしては、ユーザーがその手間をとることでどれだけ満足をしてもらえるかを、差別化を出来るかを考える事は無駄なことでは無いと思います。
あかりは、電気設備のパーツではなく、ユーザー個々のの感性に有ったものを 提供するべき物である事に気がついて欲しいと思います。
また、あかりの環境についての知識をユーザーの方々にも知ってもらい、あかりの設計の自由度が高い物件を選ぶ事のメリットを理解してもらえればと思います。


2001年2月27日 意図を持った照明

道路の外灯、住宅の照明、公園の外灯(防犯灯)、店舗のあかり、商店のあかり等、あかりにはその使用目的に合った使い方が必要です。ただ明るくするのではなく、目的にあった光が必要になります。道路の外灯は、歩行者や車両の安全を目的に付けられていますが、歩行者や運転者の目線でどう見えるのかまで考えた光でなくてはいけません。住宅も公園も店舗も商店も全て目的は違っても私達の目からどう見えるかは最も根本的な光の条件だと思います。
商店のあかりは商品を購入しやすいように魅力的に見えるように光を当てる事が目的ですが、やはり、実際に買い物客の目線でどのように見えるのかを考えて照明計画しなくてはいけないと思います。多くの照明設計で目的は十分機能してはいるのですが、誰のための照明なのかを理解していないような設計を見かかることが有ります。あかりは私達が見て初めてその存在が認められるわけですから、光だけがひとりで歩き出すことはあり得ません。また、本来の目的や主役のことを考えて設計しても、全く別の所で違う見え方になってしまう場合も有ります。
光は、きちんと意図をもって設計をしないと色々な悪さをしでかす暴れん坊です。より広くより深く注意をし検討しないと思わぬ落とし穴が待っています。良いあかりは、このような深い意図や考えがあって初めて機能すると思います。
良い照明設計された空間は、器具の配置や、制御に設計者の意図を感じることが出来ます。時間を感じることも出来ます。隅々まで検討し尽くした結果を見ることが出来るわけです。
照明デザイナーは光に責任が持てるまで、注意深く検討をしていかないといけないと思います。省エネルギーや採算や効率と言う言葉で、光を選ぶことはとても安易な選択と考えます。
意図を持ったあかりに包まれて初めて上質な明かりの中で生活できるようになると思います。
光をもっと注意深く観察する事により新しいあかり環境が開かれていくと信じます。


2001年1月9日 今年の夢や目標

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
今年の夢や目標:
【かなり難しそうな夢】美しいとされている地球を宇宙から見ること。月からだと遠すぎてあまり美しく見えないような気がするから人工衛星ぐらいの高度から見てみたいですね。都市のあかりが宇宙から見ると素晴らしいイルミネーションに見えるんだろうし、森林伐採の無残な傷跡も見えてしまうのかな・・・
【チャンスは有る夢】 テーマパーク等のランドスケープライティングの設計を2〜3年かけてじっくりとしたい。設計はコストや時間の制約が有って当たり前の仕事ですが、時間もコストもたくさん有る仕事ってしたいですよね。設計者は誰もそれを夢見ますよね。上質なクライアントが私達のビタミン剤ってとこですかね。
【だた実行していない夢】 文化の違いによるあかりの探求と比較。特にヨーロッパ。エジプト。ペルー。中国。時間を作ってさっさといけばいいのに行っていない自分が情けない、お金がなかったり時間が無かったり世の中はままならない・・・
【必ず実行する事】 上質なあかりの素晴らしさを皆さんに気がついてもらい、日本の明かり文化の価値を見直してもらうこと。私達の歴史は尊重しているけれど今の効率やコスト優先主義の発想は私達の生き方にとってどうなんだろう?あかりの世界もそんな風潮が蔓延していて何か冷たく取っ付きにくいような。
世の中はもう十分に便利になり、これ以上の効率を望む前に自分たちにとって何が一番大切でなものかを考えたいですね。
政治や教育や家庭環境や地球環境いろいろ言われているけど私達がそのようにしてしまっているんだと思う。私の出来る事から忘れそうになっていることを思い出してもらえれば、光は私達にとって全てなんだと私は思う。
〜最初、地は形なく闇であり、「神は光あれと言われた、すると光があった」との旧約 聖書創世記第一章の言葉は極めて示唆に富み、光こそ命そのものと言って過言ない (蓑原義和 総論-人と光・光療法-より) 〜


2000年11月17日 照度と輝度とモデリングの話

明かりを考えるときの尺度となるものに照度があります。何ルクスありますか?等と聞く明るさの尺度ですが(どちらかというと、明るさ感より光源の量の尺度といってもいいかもしれません)、実際の照度だけでは部屋の明るさ感は(私たちが感じる)わかりません、もう一つ大切な尺度で輝度があります。 輝度は光がその物からどのくらい出ているか(反射しているか)を見る尺度で、目に入る光の量としては、一番わかりやすいと思います。最後がモデリングの為のあかりで、これは明かりを当てたい対象物に光が当たっているかです。美術館の照明は照度や輝度も大切ですが、対象となる立体物をいかに立体感が出るように照明するかはとても大切になります。(明るければ良いわけではありません)
見た目の明るさ感のある空間を設計すると視界に入る対象物は明るくなりますが、その途中の空間の光が少なくなるため、そこに主役となる人が立ったときに顔の表情などが見難くなる(モデリングされていない)ことになります。
モデリングの光が必要なところ、作業場など照度が必要なところ、雰囲気を演出する輝度が必要なところを理解して、バランスよく光を当てることが大切になります。無駄な照明は省くのは当たり前ですが、必要な場所に十分なあかりを当てて行きたいですね。コストや効率優先の発想から早く抜け出して、快適な空間を手に入れましょう。


2000年10月25日 梶本博司(プロダクトデザイナー)「日常素材と明かり」を聞いて

話しの内容は、プロダクトデザイナーが日々の仕事で作品を作る行為の中で、デザインと称して各メーカーが同じようなもののために金と物を使って作っては廃棄している現状の中で、アンチテーゼからスーパーやコンビニで売っている日常的な物を使った作品(照明器具等)を作ろうという話で、スライドで作品を紹介してくれました。 彼は、安くて、いつでも大量に手に入るものを使うことをコンセプトに作品を作っています。石鹸、段ボール、スジャータの入れ物、自販機のコーヒーカップ、防じんマスク、インスタントラーメン、等、どれも照明器具のセードなどにしてしまいそれがまたきれいに光るんですね! 彼の発想は、このセードを金型を起こして製作すれば何千万もかかるものがこれを使えば何百円ですむじゃないかってかんじです。 インスタントラーメンや石鹸のセード等はすごくきれいでした。 作品も楽しかったのですが、彼の持っている、物の見方や、発想にとても興味を持ちました。 既成概念に捕らわれずに、子供のような目で物事を見て感じることにとても共感しました。(掲示板投稿より)
第21回コア・トーク(大光電機開催)での話ですが、 梶本さんが持っている発想やアイデアを大変楽しく聞かせてもらいました。
物を作ることや新しいことを考える上で自分の持っている基準を大きく揺さぶる刺激を受けました。自分では思いつかないことを笑っちゃうねって感覚で作り、出来栄えも良いのですからね。
彼は、日常からいろいろな物や素材に対して関心を持ち、いつも手の届くところにその素材を置いておき、アイデアを思いついたらすぐに試してみれる環境を作っているんです。引き出しをたくさん持っているんですよね。
うちの事務所でも思い当たったときにすぐに光りを当てて明かり具合を検証できるような小道具をたくさん持っていないといけないなと感じました。(メーカーのライティングラボがうらやましい)配線ダクト、スポットライト、各種配光の電球、ぐらいは用意していないと、良い照明プランは出来ないかな・・・・


2000年9月13日 十五夜の月明かり(掲示板投稿より)

昨日の、十五夜の月きれいでしたね!
夜、道を歩きながら月を見て思ったことなんですが、外灯の明かりってほんとに眩しくて、目障りですよね。 せっかくの月の光が、外灯の眩しさでだいなしです。
昨日なんかは、外灯を消しても十分に月の明かりで明るいと思うんですが・・・・
私としては、外灯の明かりは、下方向の光だけにしてもらいたいといつも思っています。(低い位置から下向きの光で)そうすれば足下の道は明るく、周りに余分な光は漏らさないですむのになと。 黒スプレーで器具の横周りを塗ってしまえば良いと思っているのは私だけでしょうか?(自宅の前の外灯はいつか・・・・) (掲示板投稿より)

夜空を見上げて、星や、月や、雲の流れを見る事や、日没前の数分間のブルーモーメントを見ること、昼間の雲の流れを見ること、みな東京の空で十分に美しい景色を見ることが出来ます。光を設計していると、自然の光の素晴らしさをとても感じ、お手本にしたいといつも思っております。

月明かりの明るさは、0.3ルクス位しかないのに、私たちは、明るくきれいだと感じることが出来ます。(もちろん本を読んだり書き物をするには暗く、目が悪くなりますが)夜空の雲が月明かりによって黒からグレーの繊細な影の模様や、月明かりが作る明暗の美しさ等、 人の感覚は、とても弱い光の陰影を美しいと感じとらえることが出来るのです。
それに比べ、現在の人工光の強烈で、刺激的な光は、私たちの繊細な感覚をはるかに飛び越えているのではないでしょうか。
もう一度、暗やみに潜む、美しい繊細な明かりに注意を払ってはいかがでしょうか?
都会にもとてもきれいなお手本が頭の上にいつも有りますよ!


2000年9月1日 ウラディーミル・アシュケナージ (1)「音楽にしか伝えられないこと」NEW NHK8/31放送分をみて

昨日のNHKの放送を見て、音楽の素晴らしさと、感動を受けました、第2話が9/7(木)深夜0:15〜よりありますので要チェックですよ。(再々々放送分です)
第2回目 9/7(木)NHK深夜0:15〜 
ウラディーミル・アシュケナージ (2)「音楽が魂をまもった」
ウラディーミル・アシュケナージ
 アシュケナージさんは、世界で最も優れたピアニストの一人で、指揮者としても立派な仕事をしています。アシュケナージの演奏するピアノは、どんなピアニストと比べても特別に音色が美しいと言われています。肩から手首が柔らかく、指の動きがなめらかなのでこの音が出せるのです。  アシュケナージは幼い時からピアノの才能を発揮して、7歳の頃には旧ソ連のエリート音楽学校「中央音楽学校」に進学しました。そして、17歳の時にショパン・コンクールで2位に入賞、さらに、エリザベート王立コンクール、チャイコフスキー・コンクールでも次々と優勝し、世界的なピアニストとしての道を歩み始めたのです。  しかし、アシュケナージが現在のように自由な演奏活動をできるようになるまでには、実はたいへんな苦労がありました。かつてのソ連では、国の考えに合わない芸術は抑圧され、演奏活動も自由に出来なかったからです。彼が海外で演奏するたびに、監視の役人が同行し、その際の発言を咎められて裁判にかけられたことさえありました。その後アシュケナージは、ソ連から家族を連れて脱出。ようやく自由に演奏活動を行えるようになりました。  得意とするベートーヴェンやモーツァルトなどの演奏では、オーケストラを指揮しながらピアノを弾くという一人二役の超人ぶりも発揮しています。こんなアシュケナージさんに、ピアノの美しさを学んでみませんか?

この番組の感想文が次のサイトで御覧になれます。私も全くその通りの感想を持ちました。以下に抜粋で入れておきます。

安藤育美 さん (主婦)
。アシュケナージは私にとって“神様”です。 長年あこがれ続けてきただけに、この放送を首を長くして待っていました。そのアシュケナージ様の美しい演奏とやさし い人柄に、テレビを通じて触れることができ大感激でした!何回もステージを聴きに行きましたが、アシュケナージの演 奏はいつも心の中に素直に入ってきます。「音楽とは気持ちを共有すること。」と語るその言葉の中に、アシュケナージ の音楽がなぜあんなに美しいのか、その秘密をちょっぴりのぞくことができた思いがします。次回はアシュケナージ自身 の話をもっと聴くことができるとかで、さらに楽しみです。何より、じかにアシュケナージの演奏を聴き、話をすること ができたロンドンの中学生たちが、うらやまし過ぎる!!
奥村俊彦くん (高校3 年)
とても感動しました。「音楽はもっと大きいものです」。音楽を侮ってはいけないなと思いました。ロンドンの子供達が 創った音楽、すごくいい曲です。ちゃんと全部聴きたいです。CD にしてほしいです。
迫間 野百合さん (中学1 年)
イギリスの中学生の音楽の学び方が日本と違うのに驚いた。 この四月、私は中学入学と同時に音楽の授業では校歌を習い、その次は楽典のテスト(小学校の復習;たとえばト音記号 のまん中の丸がG の音を示す、とか、フラットが一つつく調は何調(日本音名で)か?などということ)だった。はっきり いってつまらない音楽の授業だ。私は6 歳の時からバイオリンを習っていて、小学校では、とにかく『特別なことをやっ ている子』というレッテルが貼られていた。学校のみんなの前で一人で弾いたりする機会があると、注目を集める一方、 体操着を隠されたり、陰口を言われたりした。学校では自分を表現してはいけない、と自分に言い聞かせて、バイオリン の話もしないようにしていた。それなのに、イギリスの中学生たちは、音楽を自分の得意な手段として表現して当たり前 のようだった。また、あんなにストレートに自分の意見を言っても大丈夫だなんて驚きだ。日本であんな発言や提案をし たら、一気にうわさされ、陰口を言われる。ふつうの学校に通っていて自分の特技や好きなことを生かせるなんて、サイ コーだ。だから、チェコの村に行って演奏したり、アシュケナージと堂々と話せるんだと思った。
近藤優美子さん (高校3 年)
私は4 才の時から13 年間ずっとピアノを習ってきたのですが、今回の授業でアシュケナージさんがおっしゃっていた 「音楽の作り手と音楽を通じて同じ思いを共有する」、ということに初めて気が付きました。 今まで楽譜をよんで上手に 弾けるようになったらそれでおしまい、ということをしていました。1 枚の紙、またはレコードから実際にお会いするこ との出来ない人と同じ気持ちをシェアできるなんて、なんて素晴らしい事なんだろう! 次回もどんなことが飛び出してくるのか楽しみにしています。 (BOSS)


2000年7月7日NEW(6/28掲示板投稿)

椿山荘(目白)蛍らしきイルミネーションより
先日、目白にある椿山荘の庭園を散歩してきました。 近くなのに、久しぶりでした。30年ぶりくらい、 現在でも蛍がいるのかな〜と思います。
夜は入場料を取って光のアトラクションがあるそうです。 そこで、明るい間に、ネタを見学してみました。
椿山荘は、神田川から目白台の斜面にあり、そばには東京カテドラル、や田中邸等があり、ゆっくりと探索すると面白いと思います。
庭の中には、滝があり、池があり、丘があり、チャペルがあり、なんと三重塔(木造の本物です)まであります。木々は歴史を感じるたたずまいで、苔むした小道は、なかなかの風情です。
でも少し残念なところがあちこちで発見してしまいました。 ライティングのための照明器具が、それも大型の投光器が、堂々と見えてしまうのです。もう少し器具を隠してくれたら、昼間の景観を壊さないですむのにな〜なんて考えながら、各アトラクションのしかけを覗いてきました。
夜もう一度検証に行きますが、光の向きがかなり厳しそうなところがあり、かなり眩しそうです。 ★池のカラーライティング、池の周りからカラースポットで狙っていました、(眩しそう)、
★ 丘に浮かぶ光の石(大型のブラックライトで、蛍光石を当てています。光りぐあいを見るのが楽しみ、でも器具の存在感がすごすぎるよ〜)
★ 茂みの奥のポールの先端に着けた、電飾蛍(夜は奇麗だけど、昼間は菜箸が沢山刺さっているように見えます。)
★ 古い歴史のある三重塔は、破廉恥にも大型投光器でしたからアッパーライティング、あれでは、歴史のわびさびもあったものではない様な(和風建築の軒下を明るく照らす行為が、好きでないので)
けちをつければきりがないので、夜の検証をしてからまた報告します。
お近くに行くチャンスがあれば、ぜひ見にいってはいかがですか。(6/28伝言板投稿より)

昨日、7/6椿山荘夜の検証をカメラ、三脚を持って行ってきました。
結論から言うと、結構良かったですね。
特に庭園を歩いているときの見え方と、フォーシーズンホテルからの見え方の両方のニーズを満足できないときに、ホテルからの見え方をを優先したと考えると、理解できる部分もありました。
庭園内の街灯などは、足下灯で上手くライティングしているところと、周囲を明るく照らす街灯をつけてせっかくの電飾蛍が、台無しのところもありました。
写真整理して、またご紹介します。⇒ 詳細(写真が多いので重たいです。)
(BOSS)


2000年6月9NEW(メーリングリスト投稿より)

「癒しのデザイン」
こんにちは、あおきです。 「癒しのデザイン」の話、少し参加させて下さい。
癒しの正確な定義は別にして、今私たちの社会や自然の環境は、生物として存在するにはあまりにもストレス(刺激)が多く個人差があるにしても私たちが、何千年もかけてゆっくりと、進化(退化?)してきたリズムを、この何十年かで一気に変えてしまったことに対してのささやかな反抗が癒しを求めると感じます。 精神的にも、肉体的にも、刺激を受け入れなくては、生きていけない社会構造が問題ですよね。
私は、明かりの事しかよく解りませんが、このような、社会の中で、人々が「癒し」と言う言葉に、助けを求める状況の中で、少なくても、個としての生活の中に外部からの刺激を和らげる形や、色や、明かりがあると思います。 また、少し別の観点からは、刺激を跳ね返すことが出来なくても、別の刺激により、ストレスを中和する方法もあると思います。
前者は、生き物として遺伝子に覚えのある環境、木や緑や暗やみや、懐かしいにおい等により、刺激を和らげ 後者は、音楽を聞いたり、たき火を見たり、海の波を眺めたり、ペットを飼ったりする刺激が中和効果があるように思います。
あまり難しいことは解りませんが、外部からの刺激で、癒される刺激の中に、ペットを飼う事がありますが、これは、先日、ソニーの常務が、ロボット犬 「アイボ」の開発の話をテレビで話していましたが、彼は、アイボの開発の時のコンセプトは、何も人の役に立たないロボットにする、事だったそうです。何も役に立たない動きや動作に、人は癒されると言っていました。何となく解るような気がします。
子犬や、小猫を見てかわいいと思う感覚や、何かよく解らないけど単調な動きを見つめてしまう感覚等、人の癒しに関するメカニズムがあるような気がします。
音や、光、色、匂い、など五感(6感かも)全体からの刺激、をデザインとしてコントロールする事が、癒しのデザインなのかな・・・・・ あまり具体的な結論ではなくてすいません。
田中さん癒しのデザインまた、レポートして下さい。(BOSS)

2000年6月2

バスの外装広告
最近バスの外装広告、良いですねー、各企業の広告がバスに貼り付けられて、今までの緑のバスよりずっと良いですね。子供たちがバスや、ブルドーザーのミニチュアカーを欲しがるように、このようなきれいなデザイン(広告)されたバスなら、私も机の上に置いてもいいですね、素材は最低でもアルミ等の金属を使い、質感のしっかりした作りなら買いです。お気に入りはBOSSバス、バス全体のイメージ良くなりました、同じボディーなのに、デザインでこんなにイメージが代わるなんて、素晴らしいですね。あと外資系のサーバー屋さん(U-U-NET)だったか、良いデザインでした。あと最近よく見るのは赤十字バス(キティーちゃん使用)明るいカラーリングでした、中には、企業イメージとしていかにも年配の方が決済したような、スポーツ選手等の顔写真を丸抜きで乗せたものなどバス全体で見たときに、恰好悪いのもありますが・・・・ 今デジカメで、少し写真を取っていますので、別コーナーで紹介します(準備中)。 (BOSS)



2000年5月18

夜は暗くていけないか
事務所の蛍光灯を消しました。事務所にある光は、壁を照らすハロゲン85wのユニバーサルダウンライト4灯、50φのミニレフダウンライト2灯パソコンのディスプレイ(CRT1台液晶2台)12v10wのスタンド1台・・・・
緻密な作業でない仕事なら十分な明るさで、今まで目の上部に重くのし掛かっていた蛍光灯の光が無くなった分とても爽快で、落ち着いた気分です。
別に電気代を気にしたわけではなく、昨日、面出薫(照明デザイナー)さんと 乾正雄(夜は暗くて行けないか著者)先生の講演会「陰影をデザインする」の話に感化されたからです。
私は、いつも照明を考えるときに光のリズムや何に当てるための光かを注意していましたが、思いきりベースライト(地明かりを)なくしてみると照明の意図がより明確になり、光が見えてくるように思います。この部屋の中でまぶしさを感じさせる物はなく、部屋の明かりは壁に向けたダウンライトの反射光で優しく包まれ、ディスプレーの明るさは、周囲の暗さを補うには十分あり、手元の字を書く明かりは12v10wのスタンドで十分です。作業をするスペースは蛍光灯の均一感のある明かりは作業灯としては優秀ですが、私の生理的な欲求としては、逃げ場のない圧倒的な光量に押しつぶされ悲鳴を上げているように感じます。
仕事場の蛍光灯を消してみてはいかがですか (BOSS)


2000年5月1

「警察署の照明」
最近の新しい警察署は、外壁に石などを使い、装飾にお金をかけたきれいな建物が多く出来ています。 照明も植え込みの中のガーデンライトや壁面のブラケット、街路灯も、配光を制御した(まぶしさを抑えた)器具が選定されていて、良い設計がなされています。しかし警察仕様なのかもしれませんが、建物の屋上から駐車場に向かって必ず投光器を付けています。しかも夜間常時点灯して、警察署の前を照らしています。これでは、配光を考えた器具を選定していても投光器の明るさでだいなしです。周囲の住民にも光害をばらまいています。 夜、警察を見ると、外からの攻撃を守る要塞の監視照明のように見え、威圧的なイメージになっていると思います。 照明は建築物のイメージを作り上げるうえで重要な道具ですので、的確な意図を持ったライティングが重要です。開かれた暖かみのあるイメージを作りたければ、外から建物に向けた配光の照明をするべきと思います。決して外に向かって刺激的な光量 の光を無秩序に出すべきではないと思います。 駐車場を常時照らすのは、道路側に必ずある植え込みに投光器を設置して手前から照らすようにすれば良いことだと思います。 私たちの税金で作っていると思うと残念です。まあ警察からすると意図のあることなのかもしれませんが・・・・前を通 るたびに不快になります。(BOSS)

2000年3月23

今週は、MACのお守りで振り回されました。このHPの作成 は、第二世代のPowerPc 8500/120を使っておりますが、最近のソフトの要求が厳しくなりパワーアップすることとなり危ない道へ踏み出すことになってしまいました。
まず考えたことは、G3カード、ATA/66PCIカード(同20G内蔵HD),ビデオカードの増設をです。メモリーは現状384MB入っているので今回はパスしました。
CPUのアップグレードについては、OSが8.1と8500/120を考えてインターウエアのBoosterG3 400を選びました。拡張機能を必要としない事も気に入りました(少し割高ですが)。
ハードディスクはコスト対効果を考え、ATA/66対応の加賀電子StorageFghter20GBを選びました。(MAC用は加賀電子位 しか選択肢があまりない状態です。)
ビデオカードは、MAC純正対応のATA社のXclaim VR 128 を選びました。 購入時の情報では、HDとG3カードの相性が少し悪いと言われましたが、果 敢にチャレンジを選択しました。

当社ご用足しの新宿ソフマップで無事装着を終え事務所に戻ってきてから、悪夢はスタートしました。 セットアップ後最初は正常に起動しましたが、再起動をかけた後2度と立ち上がらなくなってしまいました。ソフマップさんのご協力で、新しい G3カードに交換しましたが、状況は、再起動では、正常に立ち上がるがシステム終了をかけるとまた立ち上がらなくなってしまいました。
これからがイバラの道に突入です。ビデをカードとHDを外して試みても症状は一緒。G3カードをノーマルのカードに戻すと全て正常に稼働、しかしG3カードのスピードを一度味わってしまうともとには戻れません。何度かセットアップを繰り返すとセットアップ後1回目は正常に起動しますが、終了をかけて少し時間が経つと(1時間以上)また起動しなくなります。何回かトライすると立ち上がることもあります。
もう何が何だか仕事が忙しかったので、3日ほど終了させないで使いました(立ち上がってしまえば、問題はほとんど無し。)最後には、メモリーの差し替え、順番を換えたり、古いメモリーを取ってみたり、何回セットアップをしたことか8500のマザーボードの脱着はもうプロです。

そんなこんなの1週間でまだ完全な問題解決には至っていませんが、素晴らしく速くなった8500に大満足です。だれかOS8.1で始動時にメモリースキャンを外す方法知っていたら教えて下さい。原因はメモリースキャンのタイミングが合わず起動途中で止まっているようです。再起動時はメモリースキャンを行わないため上手く起動する見たいです。ほんとにパソコンって難しいですね・・・・・ (BOSS)

2000年1月21

今年に入ってから正月気分もそこそこに忙しい毎日を送っております。 この期時世に、忙しいことは良いことですね。
昨日、蔵前橋通りを東京方面に走っていて、亀戸天神商店街にさしかかったとき何年も前から気になっている 景色に出くわしました。 「相変わらずまぶしくて走りにくい道だな」と思わずつぶやいてしまいました。
道の両サイドが対向車線のような白い光に包まれていて、車から見ると商店街の看板や、お店のの様子は伺うことができない状態で、設計をする目で見ると「何でこんな街路灯を付けたんだろう?」「きっとなんかの理由があるからこの光を選んだのだろう」など、しばらく考え込むほどでした。
商店街の活性化の目的で明るいイメ−ジを狙ったと思いますが、少なくとも車からの目線では、肝心の商店街の様子は伺うことはできず、ただまぶしいだけの商店街に見えてしまいます。 光の設計をもう少しすれば商店街も活性化でき、周りからの見え方も良くなるのになと感じてしまいます。
街路灯にはいくつかの目的があり、歩行者の最低限の明かり取りの目的から商店街の町並みの演出などであり、そのためには誰が見たときにその効果 が出るかを意識することか大切と思います。もちろん車からの見え方も安全への考慮をふまえて設計するべきです。
なんか、町並を見て文句を言うおやじみたいになってしまいましたが、 光をコントロ−ル(遮へい)するだけで同じ光源を使って見違えるほど良くなるのに、何でこの状態でみんな文句を言わないのかな、問題意識はないのかなと感じてしまいます。 光の設計の基本的なル−ルをもう少し意識して照明計画を行えば良いことなんですが・・・・ ブツブツブツ・・・・・俺なら・・・・するのになあ・・・。 (BOSS)

1999年12月31

謹賀新年 1999年代も今日で終わろうとしています。
今年は 世の中も個人的にも(厄年です)なかなか厳しい年でした。私の歴史の中でいちばんつらい一年だったかもしれません。
来年は、厄年も終わり世の中の動きも少しづつ上向きのの兆しを見せているのでぜひよい年にしていきたいと思います。
皆さまには、大変お世話になりありがとうございました。
来年も、いっそうのご支援をよろしくお願いいたします。 よいお年をお迎え下さい。(BOSS)

1999年11月29

バイスリーで設計施工のレストラン「ジャーマンファームグリル渋谷」よりクリスマス特別 メニューのお知らせが届きました。 パーティーや忘年会・新年会にご活用下さい。

【ジャーマンファームグリル渋谷】


1999年11月2

先日、面出薫氏の建築照明の作法という講演を聞いてきまいた。 面出さんの代表的なプロジェクトには、タカシマヤタイムズクスエア、東京国際フォ−ラム、京都駅ビル、クイ−ンズスクエア横浜等があります。
面出さんの照明手法のなかで
「光は素材である」
「照明器具は道具である」
「空間の機能が光を選択する」
「輝くべきものは建築であり人である」
等、私が非常に共感でき、好きな手法を実際に大きなプロジェクトで設計しております。 一般住宅の照明を考えたときも、照明や明かりはまさに上記の手法にのっとりプランするべきとあらためて考えさせられました。
特に「必要な所に必要なだけの光を当てる」ことや、機能に合わせた光を選択し、その光を提供できる照明器具を選定することがとても重要と考えます。 照明器具を器具のデザインで選ぶことは悪くはありませんが、私たちはプロとして、光の質、用途に合わせた器具を選ぶ必要があると考えます。 均一な平べったい光の空間より「光と影がともに共存できる空間」を目指して、これからも勉強していきたいと思います。 (BOSS)

1999年7月29日
バイスリ−でもドメイン「by3.co.jp」を取得いたしました。
URLも稼働中です。
http://www.by3.co.jp
新しいメ−ルアドレスです。
info@by3.co.jp

現在のURL、メ−ルアドレスも平行して使えるようにしてあります。ホ−ムペ−ジ用のディスクスペ−スも50MB以上になりましたのでこれから気合いを入れて作っていきたいと思います。

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